帰る町の探し方

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塔の上に王子様がいると聞いた。
私は電車に2時間揺られて彼の元に向かった。
SNSには金色の冠に真っ青なスーツを着て笑う彼の写真がアップされていた。
人差し指と親指で写真をひきのばしては顔と体の輪郭をなぞる。
彼のために、わざわざデパートで青いワンピースと靴を買ってきた。
デパコスで化粧もして、髪も1時間かけて巻き上げた。
こんなお嬢さんみたいな格好ははじめてだ。
ポケットティッシュしか入らないようなバッグを提げて家をあとにした。

目的地に着いた。
日は暮れかけていた。
レースでしかおおわれていない腕には鳥肌がたっている。
彼に暖めてもらえば良い。
私は無駄に体を動かして外気に肌を触れさせた。

塔は閉まっていた。
開く時間はとっくに過ぎていた。
すぐにスマホで確認した。
私が見た時間はまだあと2時間は大丈夫だったはずだった。

「昨今の状況により閉園時間は早まっています」

ぬかった。
私はいつもこうだ。
地団駄を踏んで懇願して看守の前で1回転してみても、中に入ることは許されなかった。
当然だ。
おしまいだ。
何のために私はここに来たんだ。
塔の反対側には城があった。
昔、彼が住んでいた場所だ。
彼は過去を懐かしがっているから、もしかしたら窓から城を眺める彼に会えるかもしれない。
私は駆け出した。
かかとはすりきれてストッキングに血がついている。

階段をひたすらのぼった。
上にたどりつくまでには1000をこえる段差があった。
一本道しかないのに。
看板だってたっているのに。
ただ、ひたすら長い階段をかけあがった。

学校の屋上とおなじ作りの部屋だった。
天窓も望遠鏡も何もない。
石碑が飾られているだけのおかしな部屋だった。
私は西の空を見つめた。
そこに彼が住む塔があった。

左手をのばしてふってみた。
彼の姿は見えるわけがなかった。
会いたかった。
会って「君だけだよ」と言ってほしかった。
「僕には」
「君だけが」
「僕だけが」
「君には」
ずっと、耳鳴りのように囁いていてほしい。
彼が1つ私の願いを叶えてくれるなら、全てを彼の糧としてあげられた。
けど、彼の姿が見えないのなら
それじゃあ意味がない。

日が塔の背からはみ出した。
私の姿を照らす。
城に佇む影が私の足元からのびて街に降りる。
塔は依然と暗いまま。
なんて、さらに黒く塔を染め上げる。
彼はいない。
ここにいない。
帰りなさい。
帰って。
あなたの家に。
帰れ。
帰れ、
かえれ、

私はここで在りたかっただけなのに、それをこの街は許さないようで、
そもそも遅い時間に辿り着いたことがよくなかった。
誰も私を許してはくれない。
また私は私の町に所在なげに居座るしかない。
穴のあいた真っ赤なジャージとクロックスを足にかけるくらいが調度良いのかな、やだな。